虹転の無限回転
「大丈夫かアルマ?」
「なんとかね……」
敵の本拠地たる異空間にて、アルマ・アルカレイトと東・慶喜は正念場に立たされていた。
一度は宿敵「ヴィルキス・エーデル」を追い詰めたものの、敵が真の力を解放したことで形勢は逆転。
片腕を折られたアルマは回復のために物陰に隠れ、彼女を守る為に慶喜は単身ヴィルキスと戦っていた。
「ドライライオット!」
ガンナイフから刹那の無限回転弾を放ち、凍結魔神ドライライオットを呼び出して、連撃を仕掛ける慶喜。
それはヴィルキスを守る時空の壁を破壊するものの、その直後に弾丸も魔神も消滅してしまう。
「言っただろう? ここから俺達の逆転劇の始まりだって!」
ヴィルキスは時空の壁を再展開すると、黒い魔力球を放つ。
先程はあの球体が自分たちのユーベルコードを吸収するのを見ていた慶喜は、迎撃よりも回避を優先。
なんとか身を躱すものの、形勢は良くない。敵は慢心することなくこちらを追い詰めてくる。
「あかんわ、このままじゃ……」
「慶喜! アルマ!」
そこに飛び込んできたのは、二人にとって耳馴染んだ声。
足を引きずりながらも決戦の舞台に現れた、その少女の名は緋智。
一時はヴィルキスに拐われ手駒になっていたものの、アルマの尽力により洗脳を解かれた彼女は、仲間のピンチを救うために駆けつけたのだ。
「二人はやらせない!」
「完全に正気に戻っちまったみたいだな」『だが、お前が来るのも想定内だ!』
【朧月夜・冥道神機『緋智』】を発動し、高次元の存在と化した緋智が【冥道朧月】を放つ。
それは万全ではないにせよ残された全力を振り絞ったもの。だがヴィルキスもユーベルコードを発動し、彼女のユーベルコードを跳ね返してしまう。
「くっ!」
咄嗟に慶喜が放った刹那の無限回転弾で、冥道は相殺される。
だが2対1が2対2になっても依然として状況は良くない。緋智は足元がおぼつかず、慶喜もかなり消耗している。
せめて3対1。アルマが戦線に復帰してくれれば、まだ逆転の可能性はあるか――。
「刹那の無限回転は回復にも使えるわ!」
そのアルマは【錬金術士奥義・無限再生の翼】を使用して、折れた腕を再生している。
どんなに劣勢でも、彼女には勝利を諦めない意志と心がある。必死に時間を稼いでくれている仲間たちのためにも、ダメージの回復に専念しながら頭をフル回転させて、逆転の策を導きだそうとしていた。
――その最中、アルマの脳内に不思議なイメージが浮かぶ。
(……これは?)
何者かがヴィルキスとエルデに対峙して、球体をヴィルキスに投げつける。
その鉄球から虹色の線が流れ、ヴィルキスたちの発動している時空の壁に激突し――そのまま謎の人物が走り込んで来て、時空の壁を掴んでこじ開ける。
(今のはワープ?)
動揺しているヴィルキスとエルデを無視し、謎の人物は拳のラッシュを放ち、二人をそのまま消滅させる。
この時、球体だけでなくその人物の周辺にも、虹のような線が腕などを回転するように回っていた。
(こうすれば勝てるってこと? でも私じゃ時空の壁をこじ開けるのは力が足りない)
それは過去や未来の幻視なのか、あるいは無意識が生み出した幻想なのか。
未知のイメージに驚きながらも、アルマはそれを自分で再現するのは難しいと感じた。
あるいは神に近い存在なら、可能かもしれないが――。
「……って、なんの音よ?」
その時、シュルルゥゥゥゥゥゥゥゥンという奇声がアルマの懐から聞こえる。
びっくりして荷物を確認すると、フラスコの中で赤い蠍が踊っていた。
こいつは錬金術で生育されるフラスコ生命体「バジリスクタイム」。なぜかいつも通り踊っているのが特徴だ。
「ひょっとして、こいつに力を与えれば?」
なぜそう思ったのかは本人にも論理的な説明はできない。ただの直感だ。
腕の再生は完了。ヴィルキスとエルデはまだ慶喜と緋智に夢中になっている。
試してみるなら今しかないと、アルマは物陰に隠れたままバジリスクタイムが入っているフラスコに、刹那の無限回転の力を与えようとする。
「……だめ、力が足りてない」
だが、頭に浮かんでいたイメージのような力が出ていない事にすぐに気付く。
原因は単純な出力不足。ここまでの戦いで消耗したアルマ1人では、このフラスコ生命体に「何か」を起こすほどの力を与えられない。
「慶喜! 緋智!」
それに気づいたアルマは大声で二人を呼び、ヴィルキスとエルデに向かってガンナイフのトリガーを引く。
正確には敵の足元、時空の壁に触れないギリギリの地面に着弾させるように。凍結とマヒの効果を付与された錬成弾が敵の視界を塞ぐ。
「目くらましか」『跳ね返されないようにわざと外したな』
時空の壁の特性を把握した対応にヴィルキスたちは「やるな」と呟くが、焦った様子はない。
所詮は一時凌ぎ。下手に動かず防御を固めて索敵を優先するつもりだ。
「力を貸して!」
「なんや、策でも思いついたんか?」「どうしたの?」
一方、アルマに呼ばれて合流に成功した慶喜と緋智は、彼女からフラスコに入った赤い蠍を見せられる。
なにか逆転のアイデアを思いついたのかと期待してみれば、次に言われたのは突拍子もない提案だった。
「慶喜は私と一緒に刹那の無限回転をこのフラスコに与えて、ヴィルキスに投げつけるの」
「はあ?」
一体それが何になるのかと、とち狂った提案に首を傾げる慶喜。
疑念を抱くのも無理はないと、アルマはさっきの不思議なイメージの話を二人にする。
「さっきAに見せてもらった古い本を覚えてる?」
オブリビオンの生態と思考について調査した、著者不明の文献。
そこに記されたヴィルキスにまつわる記録には、著者の親友がヴィルキスを「倒した」と書かれていた。
アルマは自分が見たイメージは、その時の情景だったのではないかと考えていたのだ。
「あの人と同じ力を再現できれば、ヴィルキスを倒せるかもしれない!」
「本当に……?」「しゃあないな、一か八か乗ったるわ!」
あくまでイメージと推測頼りの提案だ、成功の保障はない。
だが他に名案もない以上、僅かな可能性に賭けるしかなかった。
「『見つけたぞ』」
視界が晴れ、ヴィルキスとエルデの探知魔法が隠れていたアルマたちを見つけだす。
そろそろ決着を付ける気か。より強化された時空の壁を展開しながら、巨大な魔力玉を放ってくる。
「私が時間を稼ぐよ! 急いで!」
さっと前に飛び出した緋智が、ユーベルコードで魔力玉を相殺する。
これが正真正銘最後のチャンスだ。アルマと慶喜は刹那の無限回転の力をフラスコに与える。
「……どうや?!」
「ダメ。まだ足りてない!」
しかし二人がかりでも、フラスコの中の蠍は反応を示すものの劇的な変化はない。
今これを投げれば時空の壁は突破出来るだろうが、すぐに再展開されてしまい攻撃する隙は無い。
「どうしよう……」
「これはアカンか……」
「諦めないで!」
万事休すかと思われたその時、二人を鼓舞したのは緋智だった。
ここまで来てくれて、自分を救ってくれた二人のことを、彼女は信じている。
絶対に三人で勝つ。その想いを込めて、少女はかけがえのない仲間たちの手を握る。
「「「!!!」」」
その瞬間、フラスコは虹色の光を発する。
まさに、アルマがイメージの中で見たものと同じ光を。
「「アルマ!」」
「うん! 食らいなさい、ヴィルキス・エーデル!」
二人に発破をかけられながら、アルマはそれをヴィルキスたちに向かって投げつけた。
虹の線を描きながら、フラスコは弾丸のようにぎゅんぎゅんと加速する。
「あ、あれは?!」
この時、ヴィルキスの脳裏にはうっすらとだが、かつて謎の人物に殴り飛ばされた記憶が蘇る。
過去の敗北を思い出した彼は焦り、時空の壁には頼らず攻撃そのものを回避しようとする。だがアルマたち三人の力を込めた【錬金術士最終奥義 虹転の無限回転弾】から逃れることはできなかった。
「これが銀河の力を纏った刹那の無限回転弾よ!」
虹の光とともに時空の壁に当たったフラスコは、壁を破れず砕け散ってしまう。
だが、その中から出てきた赤い蠍――バジリスクタイムの姿が変化する。
鎖帷子のような胴体が印象的な、人型の赤い蠍に。
『シュルルゥゥゥゥゥゥゥゥン!』
変身したバジリスクタイムは奇声を発しながら虹の線を身に纏い、両腕の鋏で時空の壁をこじ開ける。
かつて同じように壁を破った人物の姿が、ヴィルキスの脳内にフラッシュバックする。その瞬間、彼は全ての記憶を取り戻した。
「あ……ああああああッ!! エルデ!」『ヴィルキス!』
直後にヴィルキスが取った行動は、反撃でも逃避でもなかった。
彼はありったけの魔力を自分の体内で暴走させ、あろうことかエルデと共に自殺を図ったのだ。
驚くべきことにエルデもまた、ヴィルキスとまったく同じことをしていた。
オブリビオンにとって「死」は骸の海に還るだけであり、いずれ現世に復活することができる。
言い換えれば彼らの行動は、目の前の相手が死よりも「致命的」な存在であることを意味していた。
『シュルルゥゥゥゥゥゥゥゥン!』
だが時既に遅く、バジリスクタイム――いや、死の追跡者『デススコーピオン』はユーベルコードを発動した。
その名は【絶】。時間という質量そのものを消し飛ばす拳のラッシュが、二体のオブリビオンに叩き込まれる。
オブリビオンとは「過去」という時間が現世で実体を得た存在だ。
即ち時間の消滅とは、彼らにとって存在自体の消滅に等しい。
『嗚呼……そういや今日の星占いは赤い蠍に注意と書いてあったな……』
今際の際にそんなことを思い出しながら、靄のようにバラバラに散っていくエルデ。
そしてヴィルキスも、彼の後を追うように肉体が崩壊していく。
「ちくしょうぉぉぉ! せめて……ガチデビルだけでもぉぉぉ!」
最期に遺した断末魔は、果たせぬ未練と憎悪に満ちて。
計画の全てを覆された悪魔は、死の蠍に殴り飛ばされ消滅した。
「やった……の?」
「そう、みたいやな」
「ほ、ほんとうに?」
敵の残滓が消え、静寂が訪れても、アルマたちはしばらく身構えたまま微動だにしなかった。
その後、別行動中だったAたちが戻ってきたところで、ようやく三人は警戒を解いた。
「よくやってくれた。こちらの準備も出来た」
ヴィルキスとの決戦をアルマたちに託し、Aたちは戦後を見据えた措置を取っていた。
詳細の説明は省くが、どうやらこちらも首尾は上手くいったようだ。
「もう二度とヴィルキスとエルデは蘇らないだろう」
「そう……よかった……」
それを聞いた瞬間、アルマは意識を失った。
慶喜と緋智も同様に。緊張の糸が切れた三人は、すでに疲労の限界であった。
●
「……ここは?」
「目が覚めたかね」
アルマたちが目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
見舞いに来ていたAが、三人の顔を見てほっとする。
「私の名はアルド。職業は言えないが、協力してくれた事に感謝する」
今更ながらの自己紹介は、彼なりの誠意の証だろう。
おそらく裏社会の人間だろうとアルマたちも薄々勘づいていたため、深くは追求しない。
「何か報酬を渡したいが、希望はあるかね」
「じゃあ私は無人島を呼び出せるユーベルコードが欲しいわ」
「私は……もっと強くなるために修行したい」
せっかくの厚意に甘えようとアルマが要望をふっかける一方、緋智は真剣な表情で言う。
今回の件で最も力不足と成長の必要性を感じたのは彼女だろう。
「じゃあ戦争に備えて、まずは病院でしっかり体調を回復してからね」
「うん!」
修行場はアルドが用意してくれるという。アルマもそれに便乗し、二人で参加する事になった。
「そういや……あの古い本の著者は誰やったんや?」
「名前だけは知っている……フェカ・アースラントと言うらしい」
慶喜は特に報酬に興味はなかったが、折角なので気になっていた事を尋ねてみる。
だが、あの本の著者については所持者であるアルドも詳しくないらしい。
「君達のお陰で奴を滅ぼす事ができた」
「いいのよ。こっちこそ助かったわ」
お互いの協力なくして今回の作戦は成功しなかった。
長年の宿敵との戦いに終止符を打てた達成感を胸に、一同は固く握手を交わした。
――その後、天使の鍵は元の持ち主であるファイとプサイに返却される。
魔力は無くなってしまったが無いよりはいいと言ってくれ、アルマたちの店の出禁も無事解除された。
なお、戦いに勝っても錬成弾の出費で金欠なアルマは、その後何処かで弁当販売のバイトを始めたそうだが――これはまた別の物語である。
●
「なんだこりゃ?」『どうなってる?』
ヴィルキスとエルデが目覚めたのは、深い森の中だった。
自分たちは拠点で猟兵に殺されたはず。状況が理解できないうちに誰かがやってくる。
「こいつらが例のレアモンか?」「ラッキー。さっさと倒そうぜ」
それは西洋ファンタジー風の武器防具を装備した、四人のゲームプレイヤーだった。
彼らに攻撃されたヴィルキスとエルデは反撃しようとするも、何故か身体が動かない。
(なんでだよ?!)
訳が分からないまま、彼らはプレイヤーに倒され――そして、次は廃墟の中で目を覚ます。
ここにもゲームプレイヤーが居たので、今度は倒される前に不意打ちを仕掛けようとするが、あっさりと避けられてしまう。
(まただ。思うように動けねえ……!)(おい、見ろ!)
違和感を覚えた二人が自分たちの姿を見ると、彼らの身体は金色のゴーレムになっていた。
これは概念や運命を破壊する虹転の無限回転と、Aもといアルドやドラゴンプロトコルが準備していたもの。
彼らはゴッドゲームオンラインに用意されていたキャラクターに、強制的に魂を移されたのだ。
「『なんじゃこりゃあああああ?!』」
これぞ通常の手段では滅ぼせないオブリビオンを無力化する――ある意味死よりも過酷な生き地獄に落とす秘策。
倒すと|ゲーム内通貨《トリリオン》を大量に落とす、しかも弱いレアモンスター。それが二人の運命だった。
偶然にも、その敵キャラが出現しやすくなる初心者イベントが発生しているようだ。まったく不思議なことに。
「じょ、冗談じゃねえ!」『ちくしょう、やめろぉ!』
プレイヤーたちの発言からヴィルキスとエルデは状況を把握したが、それは彼らを絶望させるだけだった。
二人はこのイベントが終わってもゲームプレイヤーに狙われ、永遠に怯え続ける生活を送るのだ。
「『やめろおおおおぉぉぉぉぉぉ……!!!』」
二人の絶望の叫び声がフィールドに響いたが、それがゲームプレイヤーたちに届くことは無かった。
彼らが犯してきた罪の重さを考えれば、これもまた因果応報だろう――以上が、ヴィルキス・エーデル決戦の顛末であった。
成功
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